サイドステップ刑事はかつて組織犯罪対策部四課に所属していた元マル暴である。隠密捜査五課に配属されてからは人が変わったように穏やかになったというが、四課での伝説的活躍ぶりは今もアウトローの世界に刻まれており、時折四課案件の仕事も五課に流れて来ることもあるのだが、その全てをサイドステップ刑事が解決しているという。
暴力団とのせめぎ合いの中で培われた野性的勘は鋭く、特に組織が関わる事件に関しては、すぐに見抜くことができるという。また、古くから言われている警察と暴力団組織の癒着についても、グレーゾーンで仁義を通していた。
そんなサイドステップ刑事が危うく命を落としそうになった事件があった。それが中華料理店双子店主銃殺事件である。これは、暴力団組織関係の中華料理店の双子の店主が、抗争に巻き込まれ銃殺された事件。
サイドステップ刑事はこの中華料理店によく通っていたことも知られている。暴力団との繋がりを除けば、その中華料理店の料理の評判も良く、行列ができる店であった。しかし、中華料理店を経由する黒い金の流れがある事もサイドステップ刑事は知っていた。
この黒い金の流れは、あくまでグレーゾーンの黒い金であり、摘発スレスレの危うい金ではあったものの、警察が簡単に踏み込めない事情や謎があった。その実態を知っているはずの双子の店主ワンさんとテンさんに、直接メスを入れるべく派遣されていたのが当時のサイドステップ刑事であった。
中華(チャイナ)マフィア案件ということで、当時のサイドステップ刑事はストレスで円形脱毛症が2つもできたという。しかし、普通のサラリーマンに扮した潜入刑事であり、中華麺を啜りながらスパイ活動に精を出していたのである。
個人的に店主にすり寄り、黒い金の全容を暴け。という上層部の指令である。中華(チャイナ)マフィアは日本のヤクザより何倍もヤバい事を知っていたサイドステップ刑事は、普段より何倍も警戒して店主と仲良くできる中華外資系サラリーマンの役作りに励んだ。
自分が潜って、その先に死があるかもしれないと本気で覚悟し眠れない夜も幾たびも乗り越えてきたのである。
その中華料理店を中心にした日本のヤクザと中華(チャイナ)マフィアとの激しい抗争事件に関して、今回特別に回想していただくことになった。この事件を回想すると脂汗で体重がすぐに1キロ、2キロ減りそうだと苦笑いするサイドステップ刑事。現在はマル暴ではないものの、この事件の回想時の異様な眼光の鋭さは記者もたじろぐくらいであった。そう、これは一般には表に出ない警察広報誌においてである。
- この事件に命の危機を感じたことは何回ありますか?
- 81回ですよね。
- チャイナマフィアのヤバさで一句詠むとしたら? そして、そのヤバさを端的に言うとどういうことですか?
- 話聞かん 空き缶片手に 銃も効かん…
とにかくキレたら手がつけられず、交渉もできません。銃を見せても意味なく、何故か空き缶を皆んな持っています。 - 潜入捜査になったわけですが、ことさら準備したことはなんだったのでしょうか?また双子店主に近づくことで苦労したことはなんですか?
- 服ですね。サラリーマンとは言え中国にも精通しているという設定で、中国にもいるサラリーマンの服というのを探し回りました。下北沢で2週間が過ぎた頃、結局メルカリだと気付きました。衣類は経費も落ちず、貯金は全て無くなりましたね。
- 中華料理店の黒い金の流れは巨額の暗号資産ということでしたが、その資産形成に莫大な量のクスリが絡んでいましたね? その取引現場を押さえる指令があったと。双子店主は、それを匂わせていましたか?
- 店主から何かを聞いたことは一度もありません。徹底していたのでしょうね。しかし午後になると、厨房から奇声が聞こえ来るんです。覗いてみると、片栗粉を鼻に塗り合って笑い転げていました。毎日のことなので私も慣れてしまいましたが、あれは今考えると片栗粉ではなかった気もしますね。でも中華料理には片栗粉いっぱい使いますもんね。
- 日本のヤクザとチャイナマフィアのやり取りがあり、その仲介役を双子店主がしていた。とのことですが、ヤクザもチャイナマフィアも腹の探り合いで一触即発だったそうですね。彼らは巨額の暗号資産を山分けするつもりだったのでしょうか?
- それについては現場に遭遇したことがあります。双方に認識の違いがあったようで、かなりピリピリしていました。日本のヤクザは暗号資産のログインIDとパスを共有しろと言っていましたが、チャイナマフィアは暗号を解いたら宝の地図が手に入ると叫んでいました。真相は私にも分かりませんでした。
- そのチャイナマフィアとヤクザではチャイナマフィアのほうが格上でしたか? ヤクザも頻繁に中華料理店に出入りしていたそうですが、店内は物々しい雰囲気でしたか?
- 主観ですが、チャイナマフィアの方が「いつでもやってやんぞ」という目はしていましたね。ただ、料理の腕は本物で接客はしっかりしていました。1番ピリついたのは、日本のヤクザが「いつでもやってやんぞ」と言ってしまった時ですね。偶然「イツデモヤッテヤンゾ」というメニューがあったらしく、「アイヨ!」と言って赤い料理が運ばれて来ましたけどね。
- この取引がこじれれば、何人犠牲が出てもおかしくない。と言われていたそうですが、結局、話がまとまらず、店主が銃殺され、チャイナマフィアとヤクザが決裂しました。クスリの売買の現場を取り押さえることもできず、謎の残った事件です。店主のワンさんとテンさんはどのような人物だったのでしょうか?
- 常に粉だらけの2人でした。今思えばそこで引っ張ることもできたのかもしれません。しかし彼らの料理を食べれば信じてしまうんです。それが片栗粉だと。
- サイドステップ刑事はこの店主のワンさんとテンさんに恩義を感じているという話があります。この事件。ワンさんとテンさんが銃殺されるに至ってしまったいきさつについて触れさせていただきますが、チャイナマフィアとヤクザはこの店のラーメンを巡ってある賭をしていたそうですね?
- 最初はゲーム感覚だったようです。「鶏ガラ!」「ピンポーン!」「ごま油!」「ブッブー!」などと、材料を発表していました。ある日、冗談でヤクザが言ったんですよね「こんなに旨いなら味の素使ってんな?」と。そこから店主の顔色が変わり、何やら賭けの話をしていました。最終的には店主が青ざめて…すみません一旦シャワー浴びますね。
- ラーメンミシュランは有名な中華料理の評価組織ですが、この店もミシュランの対象となっており、五つ星が最高点の中で、もし、この店が三つ星をとれば、暗号資産の取り分は、チャイナマフィアに7:3。もし二つ星なら5:5という賭をしていました。ヤクザは絶対に三つ星にさせたくないわけですから、裏から根回しをします。チャイナマフィアは、それを知って怒り、事件へと発展していくわけですが、そのミシュラン評価日に潜入捜査されていたわけですが、具体的にヤクザはどのような根回しをしたのでしょうか?
- かー!ごめんなさい!シャワーでサッパリしてラーメン仕上げて来ちゃいました!失礼!か!ヤクザは味の素を買い込んでいました。ドンキで。
- ミシュラン評価は、評価人がいて、有名な中華料理研究家が3人。その店の看板料理を食し採点します。その3人の中にヤクザの手のかかった評価人と、チャイナマフィアの手のかかった評価人がいたということですね?
- それは間違いですね。正確には、間違いだと思います。ですが確信しています。評価人は全員中国人でしたから。
- 厳正な審査という事でしたが、実際、品評会の様子はどのようなものでしたか? そこには普通の客や客に混じったヤクザやチャイナマフィアはやはりいましたか?
- 品評会がミシュラン本部の気に触ったというのは聞きました。本来は普段の料理を公平に判定したいそうなのですが、どういう訳か店側がミシュラン来店を知っていたのです。一度も見たことのないドラが突然鳴り響き、レッドカーペットの上を3名の客が入場して来ました。普通の客はそりゃもうビックリですよ。笑っている人もいました。でも、反応の無い人がチラホラ居たんですよ。ピンと来ましてね。私は1人1人近寄って言いました。「意外とドラうるさいですね」
- その品評会直後、事件が起き、ワンさんとテンさんが犠牲になっています。当時の記録ではサイドステップ刑事も品評会の様子見をしており、ただならぬ品評会の状況で、直後惨劇が起き、その事件の収拾にあたったわけですが、この品評会の巻き添えを食らうかもしれなかったということですよね?
- どこまでが巻き添えと言うかにもよりますが、食らったと言えば食らったんでしょうね。その時の傷はまだここに残っていますから。でも1番食らったのはラーメンですね。3発食らいましたから。午前中に。
- ワンさんとテンさんは、それぞれ、チャイナマフィアと、ヤクザの手引きがあった。ワンさんはチャイナマフィアと、テンさんはヤクザと。しかし、ヤクザのほうがやはり格下であり、チャイナマフィアも裏で動いていたわけですが、ヤクザの手回しを最初にチャイナマフィアが糾弾した。テンさんはいわば立場が弱いヤクザ側の人でした。品評会は荒れたそうですね。
- 立場はもう、見れば誰にでも分かるというか。一目瞭然でした。普通の客にも何となく分かるらしく、テンさんはよく客にイジられていましたね。別に個性だからいいんですけどね。無いんですよ。まつ毛が。一本も。
- ラーメンミシュランはその場で採点が決まるのが特徴です。ようするに品評会が荒れればヤクザが有利になる。チャイナマフィアはそれに反発し事件になった。品評会の品評人の様子はどのようなものでしたか?
- とにかくお店側はオシャレに済ませたかったようなんです。そこをヤクザがもっていこうとしたんです、祭りに。最終的には、レッドカーペットを4〜5人のヤクザが被って舞い始めたところでキレましたね。マフィアが。その後は怒号と銃声で血の海ですよ。カーペットがたまたま赤だったんで丸く収まりましたが。
- あきらかに品評会が荒れば一触即発の雰囲気になったと思いますが、やはり、一触即発は戦争レベルでしたか? 店主だけに止まらず、組織と組織の潰しあいになるような?
- 窓は全て割れ、扉という扉も全て壊れていました。ひとつだけ気付いたのは、全て開けると意外と風通しが良かった。それだけです。
- ワンさんとテンさんはそうならないように神経を尖らせていたと思いますし、当日ワンさんとテンさんも、テンさん側が有利となったときワンさんは顔面蒼白になっていたと言われています。ワンさんとテンさんは、同じ店の店主でありながら、立場が別れしまっていた。うまくやって莫大な暗号資産のおこぼれをあずかろうとしていたと思いますが、失敗の原因はなんだったのでしょうか?
- 言い忘れていましたが、私の読みでは店主は双子じゃないんですよね。警察も双子で処理していますが。ワンさんってスタイル良いんです。モデルみたいに。目鼻立ちもクッキリだし。欧米の方かなとも思いました。テンさんは、先程申し上げたように全身真っ赤なんです。まつ毛も無いし。そもそも仲の良い双子という認識が間違っていたんですよね。警察も。当時の私も。
- チャイナマフィアは三つ星を取ることに当然のように思い、ヤクザもそれを飲んでいるという目論見だったのでしょうか。ヤクザですから、そう簡単な話じゃないですよね? しかも、チャイナマフィアも取り分が変われば、態度も変わる。結局、この賭自体に無理があったということでしょうか?
- はい。
- 事件自体は瞬間的に起こったそうですね? チャイナマフィアとヤクザのヒットマンが、お互いの仇であるワンさんとテンさんに手をかけた。それは止められるレベルのものではなかったと言われています。最新のギャング兵器が使われたそうですね。
- 音は銃声だったんだすけどね。とにかく光が眩しかったです。警察も押収できず悔しがっていましたが、店の照明が変わったのかと思うほどでした。店内を緑色の光が包んだ後、遅れて銃声といった感じですね。その後は身体が多少軽くなったのを覚えています。子供なんか少し浮いてましたから。
- ワンさんテンさんはサイドステップ刑事にこの品評会について、どのようなに語っていたのでしょうか。また、事件直前の二人の様子はどのようなものでしたか?
- 口では緊張するといったようなことを言っていましたね。ただ、品評会のことを聞くとあまり話したがらなかったです。それほど緊張しているんだなと当時は思っていましたが、片栗粉の量で揉めているようでした。事件直前は何やら解決したようで、片栗粉をそこら中に撒き散らしていました。私も少し頂きました。
- 最新のギャング兵器。ワンさんとテンさんに仕掛けられた恐るべき殺傷能力の兵器(銃器)はどのようなものでしたか?
- 丸かったです。真っ黒の丸。最初は。そこからどんどん形が変わって、最終的には皆さんが想像する拳銃のような形をしていました。鼻の片栗粉を拭き取った私が取り押さえる間も無く発砲されました。
- この事件は未然に防ぐことが難しかったと言われています。警察もこの現場に張り込みをしていたわけですが、ワンさんとテンさんの銃殺は防げなかった。チャイナマフィアはリモートで、ヤクザもリモートで監視していたと聞いています。しかも、警察が張り込みをしていることもお互い裏で知っていた。まさに、この品評会は血で血を洗う戦場そのものでしたね?
- 皿で皿を洗うと言った方が近いでしょうか。とにかく騒がしく、まるで店内全てがランチの厨房のようでした。リモート監視は私も経験がありますが、やはり現場とは違いますね。クーラーの効いた部屋で好きなこと言ってんですから。あの時ばかりは、ヤクザもマフィアもやってやろうかと思いましたよ。やられたのは私でしたけどね。
- しかし、サイドステップ刑事の活躍もあり、大惨事の現場の可能性のあった現場を、大立ち回りで、ワンさんとテンさん以外は数十名のけが人の被害でおさめており、伝説的銃撃戦と言われています。サイドステップ刑事の銃の腕前は一級品と言われていますが、ニュースでは明らかにされていませんが、相当数のチャイナマフィア、ヤクザ、警察が入り乱れる銃撃戦になったわけですよね。やはり、銃撃戦にはなるとふんでいたのでしょうか?
- 後から知らされたのですが、銃撃戦とふんで私が担当となったとのことでした。見えるんですよ。弾道が。昔から。サッカーやってるんで。
- やはり銃撃戦といえども、チャイナマフィアがらみの兵器も使われた。ということですね?
- 基本的には飛び道具ばかりでしたので、銃撃戦とまとめるのは合っていると思います。何故私がこんなにも深い傷を残すことになったのかが、マフィアがらみの武器ですね。飛べば何でも良いという発想らしいですから。とんでもないものが飛んできましたよ。
- チャイナマフィアの兵器、ヤクザの最新武器、警察組織の最新武装が入り乱れる中で、サイドステップ刑事は、この銃撃戦での何か記憶があれば教えてください。
- 何かというか、全ての弾道を覚えています。記憶力も良いんですよ。サッカーやってるんで。
- この事件直後。サイドステップ刑事はこの案件から外されていますね。今も、チャイナマフィア(血の竜)とヤクザ(仁神組)は抗争状態にあると聞きます。この事件以後の影響はまだ残っていますが、ワンさんとテンさんの事件に原因は集約されているかと思います。事件の中心となった中華料理店、そして双子の中華料理店主のワンさんとテンさんに思いのようなものがあれば教えてください。
- 案件から外されたことは何とも思っていません。私は最終的には決定に従わなければならない立場ですから。というのは建前ですよね。実際は悔しいですよ。ヤクザもマフィアも、ラーメンを食べるんです。もちろん私もです。あなただって食べるでしょ?美味しいラーメンというのは、おいそれと開発できるものではないんです。ガラは?出汁は?かえしは?醤油?味噌?塩?バラ?ロース?ほら、簡単じゃないんですよラーメンって。事件を通して学び、伝えたいことは1つです。「ラーメンはいつ食べても良し」ご馳走様でした。